2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
フォト
無料ブログはココログ

2010年 別府大分毎日マラソン完走記

        『“福岡”経由“別大”行き』

2009年の福岡国際マラソンで2:40'38。2:40切りにわずか40秒足らず。1kmにして1秒。あと少しがんばっておればという気持ちと、自分なりによく頑張ったという安堵もあった。

というのも今シーズンのスピード強化の5月~6月は足底筋膜炎を患い、十分なスピード練習が積めなかった。トラックでの5000mのタイムは6月の17'57がベスト。7月のロードレースでの5kmは17'17と5kmのベストは出せたが、秋以降のハーフは1:20分も切れず。

そういう中で福岡国際マラソンを上記のタイムで走ることができた。福岡国際マラソンの約2週間前のハーフマラソンで1:20が切れなかったのに、このタイムは十分がんばったと言える。

これだけ走れた要因を自分の中で分析してみると、7.8月の走り込みが大きいのかもしれない。この時期過去に無い距離を走り込んだ。7月は700km。8月は800km。この二月で距離を徹底的に走り込んだ。思い当たるのはこれだけである。

さて、福岡国際マラソンで足りなかった40秒の壁をどうするかが、問題だが、その前に大きな問題がある。我が家の遠征は年に1回のみ。すでに今年度はカードを一つ切ってしまっている。次に2:40切りをチャレンジできるのは1年後?それまで自分の体力と気力が持つか?そこで、妻に一生に一度のお願いを!

「別大にチャレンジさせてm(_ _)m」

とりあえず了承していただき。後は40秒の壁をどうするかが福岡国際マラソン後の大きなテーマとなった。

福岡から別大までの約2ヶ月。はじめの3週間はもう一度スピード強化を図ろうということで、坂ダッシュorインターバルを行う。そして、1月1日の亀岡元旦マラソンに備えた。

ところが、年末の次女の誕生日12/19、クリスマス12/24、餅つき12/29の暴飲暴食で1/1は腹痛のレース。10kmのレースで2回もトイレに駆け込む始末。レースにならず、スピード強化の実感も得ることもできず、ふがいない年始だった。

唯一の救いは、“年末年始の暴飲・暴食は控えるべし”ということと“年始のレースは避けるべし”という教訓だった。

正月明けから徐々に体調が戻ってきて、それなりの練習がこなせるようになる。結局、12月の走行距離は695km。1月の走行距離は723km。1月はさすがに走り込みすぎの気がするし、本命レース直前にしては走りすぎだと思った。

その中で、1/31のくみやま10kmの結果は36'46。可もなく、不可もなくのレース。元旦のレースに比べると十分の結果なので、前向きにとらえることにした。

一週間前の調整はいつもと同じ。月~水まではカーボ抜き。木~土はグリコーゲンをためることに。

練習は、水曜日には5kmのレースペース走。金曜日には1km×2の刺激入れをして、土曜日はウォークのみにとどめる。実際土曜日は宿からビーコン、ビーコンから別府駅までの45分の歩きのみ。そのほかはジョグでつないでいった。

前日の受付で、ユニオンさんやワキさんと出会うことができ、少し談笑。お互いの健闘を願う。この段階で多分、当日のレースはユニオンさんのはるか後ろを走っていることになるやろうなぁと思っていた。

今回のレースプランは20kmまでは3'46/1km。20km~35kmまでが3'48/1km。35km~40kmまでが3'50/1km。あとは3'51/1km。この計算だと40kmを2:31'30を通過することになる。

前回の福岡もほぼこれと同じペース配分だったが、20km~35kmの5kmのラップが15秒前後この遅かった。それが40秒の壁となったのだ。

今回の修正点はそこ。

さらに、前回の福岡では2:40分切りのペースでレースを進めていたが、このペースで最後まで行けるか半信半疑だった。そういう意味では、“2:40を切る執念”が足りなかったような気がする。自信もなかった。その点、今回は執念と、かすかな自信があった。

さて、当日7:30起床。の、つもりが7:00には目が覚めて眠れない。気持ちが高ぶっているということか?せっかく別府に来ているので、軽く朝風呂に入り、リラックスする。

宿舎は9:00に別府行の送迎バスが用意されていたのでそれに乗り、別府からスタート地点のうみたまごへは、主催者のバスで移動。

スタートまではだいぶん時間があるので音楽を聴きながら集中する。10:20の第二次コールをすませ、10:50から3kmほどアップをする。流しも3本入れた。天気も良い。

いままで、フルマラソンではアップなしてレースをしていたのだが、前回の福岡では、ものは試しということでアップを行った。今回もこれを踏襲。よい結果が出たことはゲンを担ぐことにしている。

個人的には、このアップの効果がフルマラソンでどれだけ効果があるのかは疑問視しているのだが・・・・。

アップのと時に再びユニオンさんやワキさんと出会い。がぜん、気合が入る。

いよいよ、運命のスタート。TVカメラに手を振る。実際、映っていなかったと思うが・・・・・。

さてレースは渋滞することもなく、スムーズにスタート。別大国道を北上していく。まだまだ、沢山の人で、集団と呼べるものではないかもしれない。とりあえずこの人込みの中で走って行く。初めの1kmは3'42。想定内だ。余裕も十分ある。左前方を見ると金ちゃんがいる。一昨年の福岡では素晴らしいタイムでゴールされていたが、今回はどうなんだろうか?いやいや、自分のことに集中。

以下、ゴールまでのラップは

3'42-3'45-3'53-3'46-3'26=18'33

3'41-3'44-3'43-3'41-3'45=18'36

3'46-3'45-3'46-3'49-3'48=18'38

3'52-3'43-?-?-11'20 =18'57

3'43-3'49-3'41-3'45-3'44=18'43

3'44-3'50-3'41-3'47-3'48=18'53

3'47-3'37-4'01-3'47-3'54=19'08

3'52-3'59-3'45-3'54-3'50=19'22

3'58-4'27=825

2:39'36

今書いているの時期は8月中ごろ。半年前の記憶を蘇らそうとしているのだが、思い出せない部分もある。記憶に残る部分を綴ると・・・・。

5km付近で10人前後の集団ができる。少し前にはユニオンさんやワキさんもいる。目標はボクをと同じ2:40分切り。スピード的にはお二人の方が力があるので、いずれ離されるだろう、と思いながら、ついていけるところまではこの集団に乗って行く。

折り返して、この集団が少しバラけ始める。前の集団につくか、この集団に留まるか迷ったが、この集団と決別して、前の集団を目指す。

スタート地点のうみたまごまで戻ってきた。依然良いペースの集団にはまっている。そして、そろそろ有名な別大国道のバンクが始まる。噂ではかなり走りににくいらしい。しかし、実際に走っていると、集中していたせいか、そんなに気にならなかった。

この辺りから集団の中の一人が抜け出す。尼崎NRでお会いしたことのあるミニトマトさんだ。淀川マラソンや福岡でも一緒に走ったが、勝負に出ましたね!

ボクはまだ、集団に留まることに。

そうしているうちに25kmを越え、大分市街に入る。この辺りから応援が多くなり、力をもらう。風もましになってきたか。今は前のみしか視線はいってないが、ユニオンさんたちはどうしたのだろうか?後ろについているのか?いらんことを考えるが、走りに集中せよ、と言いきかせる。

何回か、集中が途切れそうになるが、気合を入れるため何度か叫ぶ。あまりにも声が大きかったのか、伴走の白バイの人がこちらを見るほど。お騒がせしました。

35kmの通過で想定より35秒の貯金。あと7kmでこの貯金だと1kmあたり5秒の余裕がある。3'55/1kmでもOKだ。これなら十分いける。無理せず、最後までこのペースで!こういう計算ができたということは頭が働いている。

40km通過時点で2:31'07。計算通りのレース運び。しかも、気持的にも、肉体的にもばててはいない。福岡の40km以降は8'30でまとめているので、このままでいいければ何とかなると思いながら競技場を目指す。競技場直前の舞鶴橋も気合で登る。この辺から風がきつくなる。逆風か?でも、そんなことつべこべ言っている事態ではない。絶対このペースを緩めてはいけない。直前に痛めていた左のふくらはぎも気になりだした。股関節付近も気になりだした。でも、2:40分切りのチャンスは一生でこの時だけかもしれない、と自分に言い聞かせ、故障してでもこのペースで競技場に戻ると言いきかる。(実際、この後本当に故障してしまったのだが、今となってはいい経験か?)

競技場に入ってきた。時計は2:38台を指している。あとトラック3/4周。尼崎NRのインターバルを思い出す。このままで2:40が切れる。スパートもいらない。このペースで。そしてゴール。

ゴール後吠える。係の方にタオルをかけてもらった瞬間、泣けてきた。

今までのいろんなことが思い出される。つらいこと、しんどいこと、家族のことなど。こんななふうに泣いたのは何年ぶりのことだろうか。こんなに感動したのはいつ以来だろうか。マラソンはそういうことをボクに与えてくれる。だから苦しい練習もやっていけるのだろう。

ほどなくユニオンさんもゴール。お互いの健闘をたたえあう。

その後、ボクは密かに楽しみにしていた“ふぐ雑炊”をいただいくことに。

少し余韻に浸りながら、大分空港で空路帰阪する。