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2013年5月31日 (金)

『夜と霧』 ヴィクトール・E・フランクル

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amazon紹介文より

ユダヤ人精神分析学者がみずからのナチス強制収容所体験をつづった本書は、わが国でも1956年の初版以来、すでに古典として読みつがれている。著者は悪名高いアウシュビッツとその支所に収容されるが、想像も及ばぬ苛酷な環境を生き抜き、ついに解放される。家族は収容所で命を落とし、たった1人残されての生還だったという。

このような経験は、残念ながらあの時代と地域ではけっして珍しいものではない。収容所の体験記も、大戦後には数多く発表されている。その中にあって、なぜ本書が半世紀以上を経て、なお生命を保っているのだろうか。今回はじめて手にした読者は、深い詠嘆とともにその理由を感得するはずである。

著者は学者らしい観察眼で、極限におかれた人々の心理状態を分析する。なぜ監督官たちは人間を虫けらのように扱って平気でいられるのか、被収容者たちはどうやって精神の平衡を保ち、または崩壊させてゆくのか。こうした問いを突きつめてゆくうち、著者の思索は人間存在そのものにまで及ぶ。というよりも、むしろ人間を解き明かすために収容所という舞台を借りているとさえ思えるほど、その洞察は深遠にして哲学的である。「生きることからなにを期待するかではなく、……生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題」というような忘れがたい一節が、新しくみずみずしい日本語となって、随所に光をおびている。本書の読後感は一手記のそれではなく、すぐれた文学や哲学書のものであろう。

以前NHKで紹介されていた名著。一度読んでみたいと思っていた。戦後間もない頃に日本でも翻訳され現在も読み継がれている。それは、時代や状況は違えど、今の社会を生きていくことは強制収容所のようなものかもしれないと思った。

絶望の中で人間はどのような考えをもち行動をするのか?生き残った者と死んでしまったものの差は?

この先、生きていくうえで色々と考えさせられた本だった。

仕事で疲れて読んでいたので遅々として進まず、内容がとぎれとぎれになってしまったのが残念・・・・。もっとじっくり、熟読したい本。


本日の早朝ジョグ14㎞。

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