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2013年7月18日 (木)

『骸骨ビルの庭』 宮本輝

Photo
amazon紹介文より

住人たちを立ち退かせるため、八木沢省三郎は管理人として骸骨ビルに着任する。そこは、戦後、二人の青年が子供たちを育てた場所だった。食料にも事欠き、庭で野菜を作りながら、彼らは命を賭して子供たちと生きた。成人してもなおビルに住み続けるかつての子供たちと、老いた育ての親、それぞれの人生の軌跡と断ち切れぬ絆が八木沢の心を動かす。すべての日本人が忘れられない記憶。現代人が失った純粋な生き方が、今、鮮やかに甦る。

最近宮本輝さんの作品を手にすることが多い。小説に出てくる主人公がボクと同世代なので自分と対比しながら読めるからついつい手が伸びるのだろう。

しかも、この小説の舞台は十三(じゅうそう)。かつてボクは小学生のころ、この十三にあるスイミングスクールに通っていた。あの駅を降りた時の独
特の雰囲気は子ども心に強く印象に残っている。それゆえ、この小説はすごく身近のものとして読むことができた。

さて、この十三にあるビルが骸骨ビル。この庭で戦後間食料に難のころに畑を始めるのだが、その畑仕事についてある登場人物は次のように言う。

私が畑仕事で知ったことは、どんなものでも手間暇をかけていないものはたちまちメッキが 剥げるってことと、一日は二十四時間がたたないと一日にならないってことよ。その一日が十回重なって十日になり、十日が十回重なって百日になる。これだけは、どんなことをしても早めることができない。
 「ジャックと豆の木」って童話があるけど、一粒の豆を植えて水をやると、たちまち芽が出て、それが見る間に伸びていって、たった一晩で天まで届くほどに育って、なんていうのは、あくまでもファンタジーの世界よ。
 人はファンタジーのなかで心を休めたり遊んだりしたいもんなんだけど、それはつかのまの酒の酔いみたいなもんよ。つかのまだから酔ってられるの。一生酔ってなんかいられないわ。
 そんなことしたら死んじゃう。私たちの生きてる現実の世界って容赦のないものなのよ。
 畑仕事って、人を残酷なくらいに現実ってものに直面させてくれるわ。

最近、子育てで悩みがあったが次の言葉ではっとした。

「子供ってのは親の言うことは聞かないもんなのよ。自分で壁にぶち当たって初めて親の忠告が正しかったって思い知るのよ。そのときが来るまでほっとくしかないわね。言うべきことは言って、あとは時を待つのみよ。息子さんが馬鹿じゃないかぎり、ごつんと壁にぶつかって、おでこにコブでも出来たら、あっ、そうだ、って考え直すわよ」

最後に、自分自身が改めて考えさせられたこと。

 「ぼくは高校生のときに、人間は何のために生まれてきたのかってパパちゃんに訊いたことがあんねん」と言った。
  即答できるような質問でほないことくらいはわかる年齢に達していたし、明確に答えられるものでもないと承知していたが、パパちゃんは即答し、かつ断言したのだ。自分と縁する人たちに歓びや幸福をもたらすために生まれてきたのだ、と。

宮本輝さんの作品に出てくる登場人物の言葉は響くものがある。


本日の早朝ジョグ14㎞。

大腿四頭筋の故障はほぼ全快のような気がする。

 

 

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