2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
フォト
無料ブログはココログ

« 第6回 なにわ淀川ハーフマラソン | トップページ | 野球観戦 »

2016年4月 8日 (金)

『流』 東山彰良

amazon紹介文より

Photo

2016年本屋大賞ノミネート!!

選考委員満場一致の第153回直木賞受賞作。
「20年に一度の傑作。とんでもない商売敵を選んでしまった」(選考委員・北方謙三氏)
「私は何度も驚き、ずっと幸福だった。これほど幸せな読書は何年ぶりだ?」(選考委員・伊集院静氏)

何者でもなかった。ゆえに自由だった――。
1975年、台北。偉大なる総統の死の直後、愛すべき祖父は何者かに殺された。
内戦で敗れ、追われるように台湾に渡った不死身の祖父。なぜ? 誰が?
無軌道に生きる17歳のわたしには、まだその意味はわからなかった。
台湾から日本、そしてすべての答えが待つ大陸へ。歴史に刻まれた、一家の流浪と決断の軌跡。

読み始めた時は「失敗かな」と思ったが・・・・。

そもそも、この小説は歴史(特に中国史)の知識がある程度なければわからない。たぶん子どもたちにはまだ勧められないと思う。もう少しきっちりと歴史を学んでからかな?まぁ、そういう風な書き出しなので身構えてしまった。しかも、登場人物がやたら多く、しかも名前は中国人名。ややこしそう・・・・・。


だが、途中からは一気読み。どんでん返しが終盤に待っていたとは!終盤に秋生(主人公)が重大な決心をして中国へ行くことにする。その時の秋生の決断の心情の描写がストンと胸に刺さった。

人は同時にふたつの人生を生きられないのだから、どんなふうに生きようが後悔はついてまわる。中国に行っても後悔しるし、行かなくてもやはり後悔する。どうせ後悔するなら、わたしとしてはさっさと後悔してしまったほうがいい。そうすればそれだけ早く立ち直ることができるし、立ち直りさえすればまたほかのことで後悔する余裕も生まれてくるはずだ。突き詰めれば、それが前に進むということなんじゃないだろうか。

秋生が破天荒な生き方をしつつ、大人になっていく展開は秀逸。

秋生がある事情でヤクザの事務所に突入する。宇文叔父が「くるな」と念押しするが、傍観していることに耐えられず、宇文叔父のあとを追いかける。その時の秋生の葛藤する心情もなかなか読みごたえあり。

もしここで袖手傍観などしてしまったら、わたしはこれから先、臆病さを成長の証だと自分に偽って生きていくことになるだろう。そういうふうに生きるくらいなら、私は嘘偽りなく、死んだほうがましだと思う。人には成長しなければならない部分と、どうしたって成長できない部分と、成長してはいけない部分があると思う。その混合の比率が人格であり、うちの家族に関して言えば、最後の部分を尊ぶ血が流れているようなのだ。

文章も、言葉も贅沢感があり「直木賞」を受賞しただけのことはあったと思う。



本日の早朝ジョグ8km。

今日は次女の入学式。ボクも昼から年休を頂き参加させてもらった。

久しぶりの母校。式典の時の校歌を聞き、懐かしさがこみ上げてきた。やはり齢か?

« 第6回 なにわ淀川ハーフマラソン | トップページ | 野球観戦 »

読書」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1347620/64071645

この記事へのトラックバック一覧です: 『流』 東山彰良:

« 第6回 なにわ淀川ハーフマラソン | トップページ | 野球観戦 »