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2020年1月の記事

2020年1月28日 (火)

第48回 たつの市梅と潮の香マラソン大会

別大1週間前の最終調整として10㎞走ってきました。この大会は初めて参加する大会です。毎年は京都のくみやまマラソンを走っていますが、今回は10kmがないということなので、代替のレースで参加した次第です。

左膝の状態は高槻ハーフ以降、できるだけ安静にしていたもののよくなる兆しはなし・・・・。マメにアイシングをして、シップを貼る日々ですが、ずっとモヤモヤした気持ちの毎日です。

最悪DNSも考えましたが、大将と一緒に行くので、とりあえずスタートラインにつくことにしました。アップの時にも違和感がありましたが、腹をくくり、痛くなったら止めるつもりでいました。


スタートしてから痛みが出ないことを念じながら、とりあえず脚を進めました。1kmが3'31。思ったよりペースは速い。痛みは??まだ大丈夫か?2㎞のラップが3'49。少しペースが落ちたもののなんとか痛みは出ずに耐えている感じです。

折り返してからは下り基調なので膝に負担がかからないように慎重に下りました。

ラスト2㎞の平坦な区間で、ネクスト%の走りのコツみたいなものを感じる走りができたような気がします。ラスト2㎞のラップは3'38、3'36といい感じでラップを刻むことができました。

36’35(平均心拍数100?)

年代別2位。1位の方には遠く及ばず。過去にも負けています・・・・。


膝を気にしすぎたのか心拍数もあまり上がらなかった気がします。追い込んだ感はなかったかな?でもレース後は膝に痛みがでて、曲げることもできず、速攻アイシングをして帰宅しました。


今大会はスタートが8:45という異例の早さだったので、帰宅したのも13時頃。大阪国際女子マラソンもTV観戦することができました。TVを観ていても松田選手の気迫がヒシヒシと伝わってきました。頬も削げていたのでかなり走りこんでいたのでしょうね。MGCが終わってからの練習が何となく想像できます。


ボクもあとは気迫を込めて別大を走るだけです。

 

Photo_20200128191701

2020年1月20日 (月)

第28回 高槻シティハーフマラソン

いよいよ別大まで2週間。調整レースの一環としてハーフを走ってきました。この大会ボクがランニングを始めてから参加した初めてのハーフマラソンでした。1998年の第6回大会です。その時のタイムは2:02ぐらい??なぜ「ぐらい」なのかというと、当時は記録を完走証の紙に自分で記録を書き込んでいたのでアバウトな記録だったのです。そういう大会でした。正直、今のように真剣に走っていたわけではありませんでしたね。

そして、その後、2002年大会に参加。その時は1:46で少し進歩しましたが、その時はゴール直前目で「大将」と並走していた記憶がまだ残っています。この大会はしばらくご無沙汰していましたが、2014年に久々に参加しました。ただ、タイムはイマイチで1:23ぐらい。どうも、このコースはタイム的にいい印象がないと感じていました。

 

そして、今回の結果は

05km=19'08
10km=18'28
15km=18'50
20km=18'55
ラスト=03'49

1:19’07



スタートしてから2㎞までは3'54のラップ。3'50は切って走って走っている体感でしたが、どうもスピードの余裕がありません。3㎞以降は
なんとか3'45前後で粘ることができました。

今回は、そんなに寒くもなく、風も微風でいいコンデイションでした。しかし、1週間前に左ひざの違和感が発生し、不安を抱えたままスタートラインに。走るウェアも膝までのスパッツにカーフのサポーターと膝対策のスタイルでした。ところが、その対策も効果なく、7㎞地点で左膝にチクりと違和感が・・・・。なんとか最後まで走りきることはできましが、翌日は痛みに代わってしまいました。帰宅してすぐアイシングをしたのに・・・・。

別大までにもう少し、スピード練習を入れていきたいと思っていましたが、さて、どうしたものやら???

今シーズンのハーフのベストですが、膝の痛みという代償を負ってしまいました。

 

Img_20200119_120222


このレースからネクスト%を投入しました。前回の稲美ハーフまでは4%でしたが、別大はネクスト%で勝負しようと決めていたので、その試走をかねて走りました。タイム的には効果はあったようですが、まだ充分履きこなせていない感じがします。

 

Nobori

 

 

2020年1月 7日 (火)

今井むつみ 『学びとは何か』

 

Photo_20200107165101

 

amazon紹介文より

「学び」とはあくなき探究のプロセスだ。たんなる知識の習得や積み重ねでなく、すでにある知識からまったく新しい知識を生み出す。その発見と創造こそ本質なのだ。本書は認知科学の視点から、生きた知識の学びについて考える。古い知識観―知識のドネルケバブ・モデル―から脱却するための一冊。


ボクの仕事に関連する内容の本だろう、と思い手に取ってみた。しかし、それ以上にボクの趣味のマラソンの練習の取り組みに関して胸にストンと落ちる場所がありました。以下、本文より引用。


練習の質
ただ時間をかければよいわけではない。エリクソンたちは練習時間と達成度の関係を調べただけでなく、練習の質についても調査を行った。アマチュアレベルの人たちは楽しみのための練習をする。それに対して、達成度の高い熟達者たちは、練習を楽しみではなく、向上のために行っている。
誰もが本番では集中して必死になる。しかし、練習でどれだけ必死になれるだろうか。エリクソンによればアマチュアレベルの人と達成度の高い熟達者との間の著しい違いは、練習中の集中度だ。達成度の高い熟達者の練習は高い集中度を保つため、メリハリをつける。集中度が落ちてくると休み、集中力が低下したまま、むやみに練習をつづけることはしない。一流の熟達者は極度に集中し、考え抜いた練習を、後に支障がないように持続できる最大の時間、行っているのである。
(中略)
ほんとうに必要な集中力というのは、明日までに何かを仕上げる、時間制限の中で集中できるということだけではなく、集中力の緩急をつけて、困難な問題を途中で投げ出さずにやりぬくために、集中力のコントロールができることだ。


集中力の訓練
実際、プロ棋士の羽生善治さんは、集中するために「ぼんやりする時間」を極力つくると著書に書いている。ご本人に直接聞いたことだが、運動選手がウォームアップをするように、簡単に解けるような詰将棋と難しい問題を織り交ぜながら集中力を高めていくそうである。
羽生さんは10代のころ、江戸時代につくられた非常に難しい詰将棋の問題に取り組んでいたそうだ。一問解くのに何ヵ月もかかる。考えはじめて、考えても考えても答えが出せず、あきらめる。別の日に考えはじめ、またあきらめる。それを繰り返しているうちに、ある日ふと光が見え、一気に答えに至る。この訓練が集中力のコントロールに非常に役立ったそうだ。
一時の数時間の集中力だけが大事なのではない。プロ棋士の島朗さんも著書の中で、自分の懸案の局面で最善の方針を見つけたいとか、他の棋士の指した手の真意を見つけたいなどの大きなテーマに取り組むときには、何週間、何ヵ月がかりで「わからない状態」を抱え、熟成させなければならない、と著書に書いている。
超一流の達人になるために求められる資質とは、ほんとうに考えに値する困難な問題を何ヵ月も、事によっては何年も、あきらめずに追いつづけられる耐久力だ。真の達人は上達のために考え抜いた練習を毎日長時間行っている。その時に長期間にわたる---ことによったら生涯にわたる---集中力を保つための工夫もいろいろ考えているのだ。

幼少のころから能力を発揮し、「天才」と呼ばれた人たちの自伝や様々な資料をもとにした研究の中には、天才たちの特徴は能力的なものよりむしろ、性格的なものであることを示しているものがある。のちに天才と呼ばれた人たちは、音楽にせよ、絵画にせよ、その分野で小さいときから極度なモチベーションを示すことが普通である。そういう「意志の強さ」を才能と呼ぶこともある。羽生善治さんは才能について問われると、「ひらめきやセンスも大切ですが、苦しまないで努力を続けられるということが何よりも大事な才能だと思いますね」と答えている。

 

 

マラソンの練習はとてつもなく長い時間の積み重ねだと感じています。練習の質や羽生さんのコメントはマラソンも他のことも同じ要素があるのだと再認識した次第。

「苦しまないで努力を続けられるということ」は確かにマラソンの練習を取り組むにあたって非常に大切な要素だと思う。やっぱりレースも練習も楽しみながら長く続けたいですね!!



本日の早朝ジョグ9㎞。雨が降る前にジョグは終了ましたが・・・・・。天気予報は外れました。

別府への旅行代金の振込完了しました。いよいよだな、という感じで気持ちが少し引き締まりました。

2020年1月 2日 (木)

第48回 いなみ新春万葉マラソン大会

新年早々レースを走ってきました。この大会はかつて2003年(第32回大会)に一度走ったことがあります。はるか昔のことです。当時はまだマラソンブームも始まっていない頃で、牧歌的な時代だったと思います。記録も牧歌的でハーフを1:32’34走った記録が残っています。

時代は変わりました。マラソンブームで駐車場も会場から離れた場所に駐車することとなりました。前の時はこんなところに駐車してなかったと思います。そして年齢も50歳台になりました。さらに、今回は長男(ハーーフ)、次男(3㎞)も参加です。

目標は80分切と年代別入賞です。


10㎞まではほぼプラン通りのタイム。しかし後半タイムを伸ばすことができませんでした。

折り返し直前までは年代別で2位のようでした。折り返し直前の下りでレジェンドランナーさんのO田さんに追いつき、追い越すことができました。それで安心したわけではないのですが、15㎞地点のタイムを見ると80分切がぎりぎりのペースになってきました。3'50/1kmで行ければ何とかなると思い、ペースを上げようと西脇工業の落ちてきた選手と併走して何とか望みをつないでいきました。ラスト2㎞は時計も見ずに前だけ見ましたが、ゴールして時計を見ると17秒オーバーしていました。最後は向かい風に負けてしまいました。


05㎞=18'53
10㎞=19'09
15㎞=19'21
20㎞=19'10
ラスト =03'43

1:20’17


気温は今年一番の冷え込みとラジオで言っていましたが、スタート時はあまり気になりませんでした。やや風がきつかったような気がしますが、80分を切れなかったということはまだまだ地力が足りませんね。どんな条件でも80分は切りたいですね。

 

Hyousou 

表彰台に立てたので結果は〇ですが、80分を切れなかったので内容は×です。


次男も無事完走しました。生まれて初めてのハーフマラソンです。ゴール後脚を引きずっていました。

 

Ren

 

次男も野球の練習の一環として3㎞を無事完走しました。


その後、実父の家へ直行し、正月の挨拶兼お食事会。お寿司などをいただき、走ったみんなは疲れを癒すこととなりました。

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