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カテゴリー「ケガ」の記事

2010年3月30日 (火)

宣告

日曜日に低速のペースランをするものの、ひざ横の痛みは相変わらずsad

だましだまし走ってきたが、だんだん心配になってきたので昨日は整骨院へ行ききちんと見てもらうことにした。

予想どうり鵞足炎と足の甲は関節炎と宣告された。決定的な治療法もないそうなので、しばらく休養することにする。

実際走れなくなるとつりもので、このことをどう表現したらいいのか難しい。思い出すのが黒木亮という人が書いた小説『冬の喝采』。以下amazonより

天才は有限、努力は無限」北海道の大地を一人で走り始めた著者が、怪我によるブランクを乗り越え、準部員として入った競走部には、世界的ランナー・瀬古利彦がいた。入部後も続く怪我との戦い、老監督との葛藤など、1年8ヶ月の下積み生活に耐えて掴んだ箱根駅伝の桧舞台で、タスキを渡してくれたのは瀬古だった。それから9年後、30歳になって自分を箱根路に導いた運命の正体を知る。感動の自伝的長編小説!

著者は高校・大学時代とケガで長く走れない時期が続く。練習日誌を読むとケガの葛藤の表現、走れない気持ちの描写がすごい。

  • 「こわごわと走ってみたが、宿痾(しゅくあ)となった痛みはとれていなかった」
  • 「左足はまだよくならない。一日中いらいらしてる。・・・・最近は夜も眠れなくなってしまった」
  • 「自分はもう悲しみに慣れてしまったのだろうか?去年の二月から、ほとんど毎日が悲しみばかりだ。このころは、何をしても楽しくない。いつもじめじめしたものが身体の中にあるような感じだ」

トップレベルの選手で、走ることが生活の中心の人にとって、走れなくなることがどれほどつらいかがよくわかるとともの非常に共感できる部分が多い。

それに比べると自分はまだましかと思うし(思うように言い聞かせているかも)、仕事も家庭もある身分だし、ここいらで一度リセットすべきかpaper

2010年3月25日 (木)

鵞足炎

2月の終わりぐらいから左足のひざの内側に違和感がる。アイシングとシップを繰り返すものの、突っ張ったような痛みはひかず。だましだまし練習を続けるが、先日から足の甲まで痛くなってきた。いずれも過去に経験した痛み。おそらく前者は『鵞足炎』だろう。

今朝は雨が降っていたのでいい休養と思いオフ。夕方から雨がやむものの、足の不安からこれ走る気持ちが切れる。

走れないというのは不安になり、ストレスが溜まります。特にボクのような才能のない、量を積み上げていくタイプのランナーは・・・・。

思えば昨年の春は『足底筋膜炎』で悩まされ、まともに走れない時期が続いた。

強くなるためには練習が必要だが、やり過ぎるとケガをしてしまう。レベルアップとケガは紙一重。練習メニューはこのさじ加減が大切なんだろうと思う。

そう考えると別大の疲れが抜けきらないうちに負荷をかけすぎたのかもしれないwobbly

昨年の二の舞にならないように、ひどくならないうちに、練習を抑えることに。マラソンンの本番まではまだ時間があるし、あせらずにやって行こうと自分に言い聞かせています。

痛いところがなく気持ちよく練習ができることが本当にありがたいことだと思う今日この頃です。