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カテゴリー「ことば」の記事

2013年1月25日 (金)

大阪にて

昨日は大阪のホテル○神に出張だったのだが、大阪を歩いていると次の言葉に出会った。

朝は希望に起き、昼は努力に生き、夜は感謝と反省に眠る

立ち止まって、思わずマジマジと眺めてしまった。そういえば、1ヶ月ほど前に、朝走っている時にラジオのパーソナリティさんが言っていた言葉だ。

改めて読んでみるといい言葉だと思った。


本日の早朝ジョグ21㎞。

早く目が覚めたので、長く走ることができた。当然、起床は“希望”に起きた。

2010年11月 9日 (火)

ハイレ引退に思う

昨日の夕刊の記事は衝撃だったbearing

あの皇帝「ハイレ・ゲブレシラシエ」が突然の引退表明。ニューヨークシティマラソンの途中棄権後に表明したそうだ。膝のケガが原因だそうだが、あのきれいな走りが見ることができないというのはすごく残念だ。37歳という年齢を考えると、世界のトップで走るのは潮時なのかなぁ。

今朝の朝日新聞によると、好記録が期待できないニューヨークシティマラソンを初めて走ると決めた時点で、限界を悟っていたそうだ。「ニューヨークを走らずしてマラソン人生を終えられない」レース前の会見で語っていたそうだ。

2月の東京マラソン出場も、競技生活晩年を意識して記録を狙うよりも、オファーに応え、世界の名だたる大会に足跡を残そうとしたのかもしれない。

かっこいいhappy02happy02

世界記録を27回も塗り替えたことや、世界選手権4連覇。オリンピックの連覇もさることながら、自分の競技生活のピリオドの打ち方も考え深いものがある。

さて、ずいぶん前に“アディゼロ”シリーズを紹介するリーフレットがあった。

Img985

その中で、ゲブレシラシエがこのように語っている。

      ゲブレシラシエ「折れない心」

「だって走るのは私ですし、そのためのアクションを起こすのも私です。コーチが代わりに走ってくれるわけじゃない。強い選手は誰もが自分自身のことをよく知っています。・・・ 私は自分にとっての最高のメンタルコーチでありたいし、そうあるべきだと信じています。」 

 心というのは黒板と同じ──彼はそういうと、片手にチョークを、もう一方の手に黒板消しを持つジェスチャーをした。

「黒板には自分にとってのプラスになることだけ書くんです。もし誰かがマイナスなことを書いたとすれば、そんなことは消してしまえばいい。レース前の私なんて、黒板中が勝利という文字で埋まっていますよ」 

「不可能という言葉を鵜呑みにしてはいけません。その瞬間に未来を切り拓くことを放棄したことになります。不可能を口にするというのは、努力を厭うための言い訳でしかありません。不可能とは、今はまだ可能ではないという状態です。可能に向かう途中の通過点です。そんなところで足踏みしていたら、ゴールになんか到達できません」

練習でモチベーションが下がるとき、このリーフレットをよく読み返す。そして、ボクも黒板消しでネガティブな言葉を消していきたいと思っている。折れない心を持てるようにgood

ハイレの引退には残念に思うが、次のゴールに向けてのにも注目していきたい。

本日も早朝にジョグ。昨晩は強烈な風が吹いていて、今朝はさぞかし寒いかと思っていたが、意外と寒くない。でも、、昨晩から春先に痛めた鵞足に違和感があるのと左足の甲が痛いweep。日曜日の淀川のダメージは思っていたほど大きく、黄色信号点滅一歩手前って感じ。今朝はゆっくりと慎重にジョグを10kmほどしました。

春先経験したのと同じ状況。まだ、赤信号までなっていないが、ここからは無理をしないように自分に言いきかせますpaper

2010年9月 4日 (土)

我喜屋優監督語録

2010年の春夏甲子園連覇をした興南高校の野球部の我喜屋優監督。

その悲願はどのようにして達せされたのか?8月の終わりの朝日新聞の夕刊に特集されていた。

「甲子園の優勝を花だとすると、花は枝、枝は幹が支え、全体を支えているのは目に見えない根っこ。小さいことを確実にこなすことが、根っこづくり」と言う。

監督は“我喜屋イズム”ともいわれる言葉で人の気持ちをつかむ。

ボクがおおthink!と思ったのは次の言葉paper

「朝食のみそ汁やゴーヤーのおいしさを感じ、作ってくれた人に感謝の気持ちを持って残さない。そういう小さなことを感じられる男は、大きな仕事ができる。」

「・・・・毎日の練習は、嫌でも、逃げても追いかけてくる。必要なのは意識しながら慣れること。そうすると“友達”になれる」

マラソンの練習も同じだと思う。

小さいことを意識すること。

意識しながら慣れること。

やっぱり全国制覇する指導者は何か違いますねthink

さて、水曜日の尼崎NRの疲れは翌日でなく、2日後出るようです。これも年のせいweep?翌日疲れがないと安心していたらその次の日にどっと来ます。

9月から本格的に仕事が忙しくなってきました。

ランと仕事と家庭のバランスを上手にとっていかないと行けません。特にこれから秋の時期は幼稚園・小学校の運動会などいろんなイベントがありますので忙しくなります。

本日も早朝ジョグを13kmほどgood。朝はだいぶ涼しくなってきました。

その後、ボクは休日出勤。長女・次女はバトミントンへ。長男はサッカーへ。次男は幼稚園へ(近所の幼稚園は奇数の土曜日は幼稚園があります)。妻はバドミントンのイベントの買い出しへ。家族みんな土曜日でものんびりできませんthink

2010年8月26日 (木)

宮里藍

昨日の1000×6は散々な結果でした。

同じ目標や志を持っている人たちからどんどん離される。それに追いつくことができないもどかしい自分。“もっとがんばらなあかん”そんなことを考えながらも、踏ん張れない自分がなさけなかった。

プラス思考で考えると、走り込みの時期のスピード練習だから仕方がないといえるが、やはりショックはある。

そんなことを考えながら早朝のジョグをしていて、ふと、先週の宮里藍の『ツアー5勝目』のニュースを思い出した。

宮里藍が最終日の2番で1.2メートルのパットを外してボギーとするなど、我慢の連続だった時に

「すべてにおいて自分が試されている」

と思った。と語っている。

「そういう中で自分を見失わずにできたのは成長した証し」

と自分を褒めた。

ゴルフとマラソンは違うけど、宮里藍的に考えると、今のボクはマラソンの神様に試されているのかもしれません。苦しいしんどい時にどれだけがんばれるかが試されている時期です。

また、今季平均飛距離は87位の244.4ヤードと飛ばせない宮里藍が勝ち続けられる理由は、巧みな小技にあるらしい。

米ツアー参戦当時は飛距離を求め小技の練習量が減ったが、スランプにもがいた時期に参加したジュニアクリニックが転機となったそうだ。リクエストに応え、ふんわりと上げるアプローチを披露したが「フロップショット(上げるアプローチ)じゃない!」と、米ツアーのプレーを見て目の肥えた子どもたちが“ダメ出し”。

これが負けず嫌いの心に火を付け、小技練習に時間を割くようになったそうだ。

宮里藍はもともと小技が得意な選手。自分の長所を生かしていくことが大切なのかもしれませんね。

翻って考えると、マラソンにおいてボクの長所は“持久力”。スピードがあれば良いにこしたことはありませんが、ボクの場合はやはりスタミナを伸ばしていくことを目指します。

2010年8月10日 (火)

がんばる40歳台

先日の阪神・中日で阪神打線は山本昌ひねられた。今まで何度も見る光景だ。少し阪神の今後が心配になってくる東京ドーム・名古屋ドームの連戦だった。

それはさておき、その山本昌。今朝の朝日新聞のスポーツ欄に編集委員の西村欣也さんが興味深いことを書いていた。

要約するとこんな感じ。

山本昌は1983年ドラフト5位入団。あまり期待されずに入団し4年間勝ち星がなかった。88年には1Aベロビーチ・ドジャーズに野球留学。期待されてのものではなく、たまたま留学の枠があったから。

しかし、そこで出会いがあった。アイク生原という指導者だ。山本昌はここでスクリューボールをマスターし、帰国して初勝利を挙げる。(ここまでは、以前、報道ステーションで見たことがあった)

その山本昌は1枚のメモをずっと持ち続けたそうだ。

  1. 野球をやれることに感謝しながら投げること
  2. 低めに投げること
  3. ボールは前で離すこと
  4. 常にストライクを先行させること

このシンプルなメモを試合前には必ず見たそうだ。それから23年で206個の勝ち星を手に入れた。

2~4は野球の基本的なものだと思うが、1に野球ができることの感謝が書かれている点にボクはドキッとした。

最近普通に走れている自分。一方でしんどいなと思いながら走っている自分もいる。春先の走れなかったことを忘れている自分がいる。このしんどい時期。もう一度、走れることの感謝の気持を思い出したい。

11日で山本昌は45歳になるそうだ。阪神戦で活躍は遠慮してもらいたいが、彼の活躍する姿を見ると元気が出てくる。

今日も早朝ジョグを13km実施。雨が降ったためか暑くはないが、湿度は高め。少しダラダラ走った感がある。帰宅後、件の朝刊を目にして反省。

2010年7月14日 (水)

自分の感受性ぐらい

先日トイレで“小”をしていたら、隣の便器の前に何かはっていた。

小休止をして移動eye

次のような詩がはっていました。

自分の感受性くらい


ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難かしくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮しのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ

最後の「ばかものよ」にじーんときましたcoldsweats02

“小”が終わっているのにしばらく呆然。

「ばかものよ」punchと言われているのになぜか優しさに包まれたような言葉。

そして、「初心消えかかるのを 暮しのせいにはするな そもそもが ひよわな志にすぎなかった」

自分自身マラソンに対する気持ちが折れそうになるときがある。その時に「初心忘れるべからず」と思うときもある。しかし、忘れるほどのひよわな志だったのかもしれない。

この詩はあとで調べたら茨木のり子さんの作品らしい。早速アマゾンで詩集を注文しました。

本日は朝から大雨警報rain&妻が昨晩から泊まりのパートのため朝ジョグは中止。夜は尼崎NRに久しぶりに参加。どうか雨が止んでくれますようにpaper